~ パラリンピック競技「トライアウト」開催(11/3 東京) ~
●この記事を書いた人
持田 雅誠 広報課長
競技歴4年でオリンピックに出たことがある(偶然)
でもその後は出られず、32までフリーターで過ごした
(そろそろ顔写真を素顔に入れ替えたいと思っています)
各紙「TPP大筋合意」「名張毒ぶどう酒事件」が並ぶ10月5日(月)の新聞1面、読売新聞だけが報じた記事に目を引かれました。
オンライン無料記事では半分までしか読むことはできませんが、紙面では“日本パラリンピック委員会は東京大会で「金メダル22個」(ロンドン大会の5個の4倍以上)を目標に掲げている”と続いています。
重点配分は合理的だし、自国開催で目標を高く掲げるのは当然のこと。
気になったのは次の部分。
“トップ選手の体格や身体能力に合わせ、活躍の可能性がある別の競技への「転向」も促す。”
ほほぅ。
早速検索してみたところ、こういうものが出てきました。
平成27年度日本パラリンピック委員会選手発掘事業
※参加申込みに当たっては、実施競技団体が示す「参加対象者・資格等一覧」に記載された事項をご確認の上、お申込みください。(記載内容が当てはまらない場合は、参加をお断りする場合がありますので予めご了承ください) とのこと。
参加資格を見ると、競技団体が求める基準やスポーツ歴など、詳しい一覧表になっていました。要は、対象外お断りということですね。
(写真は記事内容と無関係です)
前回1964年の東京五輪でも、層が厚い競技の、代表に届かない選手たちがマイナー競技に転向し(させられ?)、オリンピアンとなった話は枚挙に暇がありません。
しかし、それから半世紀が過ぎ、さらにオリンピック・パラリンピック決定(2013年の9月7日)から2年過ぎた「今」になってやる、と・・・。
(昨年度同じものが開催されたか検索できませんでした。
ご存知の方、教えてください)
オリンピックを国威発揚の手段とする国々では、体格、身体能力、筋肉の性質など検査の上で、最適な競技種目の育成システムへ乗せられた、っていうのは聞いたことがあります。
(話がホントかどうかはともかく、確かに1970・80年代の東ドイツは、経済規模・人口の割にものすごいスポーツ強国でした ※1949年から1990年の間、ドイツは西ドイツ・東ドイツという2つの国に分かれていました)
(写真は記事内容と無関係です)
経験の長い短いではなく、
愛着の有る無いでもなく、
ただ強い者が勝つ。順位がつく。
競技だからそれが当たり前。
明日から始めて、東京大会へ出たって何の問題もない。
でも、パラリンピックの目的ってなんだったんだろう?
障害者の社会参加を促進?
スポーツを共通のコアとして、障害者・健常者の区別がない意識の醸成?
少なくとも、パラリンピックの開催自体が目的ではなく、その後も継続して、障害者スポーツが日本の社会に根付くことが求められると思います。
(しつこいようですが、写真は記事内容と無関係です)
「東京大会のパラリンピアン」というニンジンで競技種目を転向した選手であっても、その後は該当競技の「星」として活動していってくれる!活躍してくれ!というのが、関係者の期待するところでしょう。
トライアウトでスター候補が見つかり、競技種目を転向してパラリンピックで大活躍、その後も競技の広告塔として末長く活動し・・・と展開していけば理想です。(当たるも八卦当たらぬも八卦)
一方で、大会後の景気の落ち込みも懸念されています。
高い目標、巨額の強化費計上、しかし2020年の後は何も保証されていない。
恵まれた環境や強化費ありきで転向した選手は、支援がおぼつかなく(「金」ですな)なっても、続けていってくれるものでしょうか?それも定かではありません。
愛好者のすそ野を広げる、社会からの理解を深めるといった、いわば地道な方法ではなく、一見特効薬にも見える、しかし近視眼的な取り組みは、将来吉と出るのか、凶と出るのか。
「パラリンピック大会」という打ち上げ花火を上げて終わり、ではなく、かけたお金がその後、より良い日本社会を創造するための投資になるよう、考えなければならないのではないでしょうか。
(これも記事と無関係です)